仙台高等裁判所 昭和22年(ネ)65号 判決
控訴人は被控訴人に対し昭和十九年一月一日から同年七月末日まで一ケ年金六十円(一ケ月金五円)の割合による金員を支払うべし。
控訴人は被控訴人に対し金三万円及びこれに対する昭和十八年三月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟の総費用は五分しその一を控訴人その余を被控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、
第一概要
(一) 本件の取引関係は被控訴人と控訴人の先代園原マチとの妾関係に基く援助行為、すなわち反対給付で民法第七〇八条による不法原因給付である。右の妾関係は普通の蓄妾的関係のように毎月一定の生活費その他を支給するものとは異り、マチが旅館(豊田屋)を経営するについての後援を求める意味の関係で、いわゆるパトロン関係とでもいうべきもので、マチがその身を許すについての反対給付として被控訴人に対し豊田屋の経営についての後援を求める関係である。日常の生活費等の関係については被控訴人の宿泊飲食等のためマチは多大の支出をしていたのである。従つて本件における被控訴人のマチに対する一切の支給はマチを後援するためにされたもので、金銭でも物品でも建物でも、いやしくも、被控訴人からマチに現実に支給したものはすべて不法原因に基く給付であるから返還請求はできない。この点において被控訴人の本訴請求はまず根本的に不当である。
(二) また常識的にみてもこんな関係は温情的に解決すべきもので、もし後援の花が咲かず、給付した財物の返還が困難である場合には、これを利害本位の訴訟や執行や、告訴沙汰とせず、いやしくも男子たるパトロンは潔く諦めるべきである。これを妾の相続人にまでも法刀を揮つて追及するようなことは、あまりにも非常識な措置で法律も人情も許さないところである。
第二動産返還請求について、
(一) 本件甲第三号証(公正証書)は単に対外的表面だけを装うために作られたもので、当事者間には真に所有権を移転する意思はなかつたのである。甲第三号証をマチと訴外高崎信用組合との間に作られた乙第一号証と比較対照すれば、両者はただ売買価格と返還期限とが相違するだけでその他の条項は殆んど同一であるが、右乙第一号証を訴外組合から返還されたのは昭和十四年八月九日で甲第三号証を作つたのは翌八月十日であるから、両者の関連性は頗る多く、甲第三号証は乙第一号証の乗替とも解せられ、マチに最も不利益に見ても譲渡担保以上のものではあり得ない。
(二) 甲第三号証には別に一定時期までに買戻し得る約款の記載がなく、賃貸借終了の時期が到来すれば当然係争物品は取上げられる結果となり証書面上担保性を表現したところはない、これは少くとも当事者間の関係では譲渡の意思がないことを裏書するものである。当事者間では譲渡されず、ただ外部に対する関係においてのみ譲渡を装うてその物品の移動を禁じ間接に担保力を生じているだけであるから、当事者間には売戻約款の必要はない。従つて内部関係では所有権移転もなければ賃貸借もないのである。
(三) 甲第三号証記載の物件は、旅館営業に欠くことのできない必要品で、営業上絶対的に譲渡のできない物品である。従つて万一所有権を移転して担保とするようなことがあれば絶対的に買戻の約款を必要とする。また右物件は甲第三号証作成当時古物としても時価一万四千円を下らないのであるから、これを金二千円で真実譲渡するようなことはあり得ない。
(四) また甲第三号証中「賃貸借契約」第三条の期限昭和十九年七月末日がもし真実の期限であるとすれば、それは融通金返還の期限であつて、賃借物返還の期限ではない。当事者間には賃貸借関係は存しないのである。被控訴人はマチのパトロンであり援助者である。パトロン関係の援助金は出世払的のもので実際上の支払期限はないのである。もし援助に花が咲かねば援助費は贈与となるものである。これが当事者の真意で始めてパトロン関係ができる。従つてこの間の援助金には真実の期限はなく、援助金は援助の成功不成功を条件として貸金となるか贈与となるかの条件附給付金である。されば前記第三条の期限は単に表面をつくらうための形式的記載で真実の期限ではない。もしも被控訴人が右第三条をたてにこの期限に金を返さねば金二千円の代りに物件全部を引上げると真面目にマチに申込んだとすれば、恐らく甲第三号証は作成せられなかつたであろう。以上の次第であるから乙第一号証が一定期限を有する譲渡担保契約証書であつても、被控訴人とマチとの間に作られた甲第三号証はパトロン関係なる事情の介在により単に外部関係予防のための間接的物件擁護証書であり、今更これを振廻して豊田屋の破滅をきたすべき証書とすべきではない。もしこれに対し豊田屋が酬ゆべきものがあるとすれば、それは金銭的債務関係を解決することでこれを以て援助者たる被控訴人は大いに満足すべきである。けだし被控訴人は援助者として行動したもので、決して動産を取得したり豊田屋を乗取り又は破滅させる目的で甲第三号証を作成させたものではないからである。
(五) 甲第三号証は貸主合名会社松葉商店名義で作られているが、これにより同会社が真実に所有権を取得したものでないことの消息も推測し得られる。而して同会社が僅かに代金三千円で被控訴人に譲渡するが如きは真実の譲渡とは認められない。仮に譲渡せられたとしても所有権移転の対抗要件を具えていない。もしまた然らずとするもこれは本件訴訟行為をすることを主たる目的とした信託譲渡で信託法第十一条により無効である。
第三建物引渡等の請求について、
(一) 本件係争建物は控訴人の敷地中の他の建物に混つて建設されたものであるが、他人の建物の中に混立された建物を所有するというようなことは、極く特別の事情のない限りあり得ないところである。本件建物については被控訴人がこれを混立すべき特別の事情がないのみならず、却つて反対の事情が存する。即ち右の建物はマチの名義に登記してある。もし混立してその所有権を是非維持しようとすれば、間違われないように特にその所有権登記の名義を厳格にすべきであり、その敷地との法律関係や、地代支払の関係等も明確にしておかねばその独立使用の際不便を免れない。被控訴人はマチのパトロンでありながら、貸金を公正証書にしたり保証人を立てさせたり、また動産を会社所有名義に公証させたりして、実に水臭いこと甚だしい人で、真実自分の所有でないものまでも自己又はその指定する者の名義にしようとする性格の持主である。従つて複雑面倒な関係の生ずる虞のある混立建物をもしこれが真にその所有であつたらどうしてこの人が他人の登記名義にしておくであろうか、その他の取扱とその性格から到底想像のできないところである。
(二) 常識上からみても右のような混立建物の新築を援助する必要のある場合は、通常パトロンの立場としてその資金を融通して建物は女名義としておき、その権利証位を預つて、事実上(法律的でなく)その融資を保護する位のところである。本件建物が混立建物であること、パトロン関係であることなどからみて本件もせいぜい右の程度の関係とみるべきである。
第四貸金の請求について、
(一) 被控訴人から園原マチに対する貸金はすべて不法原因給付にあたり返還の義務がないことは前に述べたところであるが、仮に被控訴人主張の貸借関係が有効に成立したとしてもその債権は時効により消滅した。即ち園原マチは旅館業を営んでいたもので右貸借は同人の営業のためにせられたのであるから、被控訴人において弁済を求め得るときから五年の経過と同時に消滅時効が完成したものである。
(二) 被控訴人主張のような時効中断事由の存することは争う。
と述べ、被控訴代理人において、
被控訴人と園原マチとの間に妾関係のあつたことは争わないが、被控訴人がマチの旅館営業の後援者であつたことは否認する。なお本件の金銭貸借は園原マチとの個人的貸借であつて、マチの営業のためにしたのではない。しかも右貸借についてはマチは毎月又は隔月に昭和十八年二月末までの利息を支払いその都度債務を承認したからこれにより時効は中断された。
と述べたほか、原判決事実摘示と同じであるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
控訴人の先代園原マチは高崎市で豊田屋という屋号で旅館業を営んでいたこと、被控訴人松葉喜助と右マチとの間にいわゆる妾関係の存したこと、マチは昭和十九年四月二十一日死亡し、控訴人がその家督相続をしたこと、以上の事実は当事者間に争がない。以下被控訴人の本訴各請求について順次審究する。
第一、動産引渡、電話加入権名義変更手続並びにこれに附随する賃料及び損害金請求について、
(一) 園原マチがその所有に係る原判決添付目録記載の電話加入権及び動産類について昭和十四年八月十日合名会社松葉商店との間に売買及び賃貸借に関する公正証書(甲第三号証)を作成したことは控訴人も認めるところであつて、成立に争のない甲第三号証によると右公正証書には、マチは同会社に対して右物件を代金二千円で売渡し、会社はマチに対し右物件を賃料一ケ年金六十円(毎年六月、十二月の各末日に半年分づつを支払うこと)、期間昭和十九年七月末日までと定めて賃貸する旨、被控訴人の主張に符合する記載のあることが明白である。
(二) 控訴人は右は真実の売買及び賃貸借ではなく、虚偽仮装のものであり、最も控訴人に不利益にみても譲渡担保以上のものではないと主張するのであるが、当裁判所は次のような事情からみて右は単純な売買及び賃貸借ではなく、被控訴人松葉喜助が合名会社松葉商店(被控訴人がその代表社員であつたことは前記甲第三号証により明らかである)の名義でマチに融通した金二千円の担保の趣旨でせられたものと認定する。即ち、
(1) 原審証人阿部武一郎、北原志げ、原審及び当審証人富沢和一の各証言及び原審における被控訴人本人訊問の結果(第一回)を綜合すると、園原マチは大正十一年夫鎌吉が死亡した後寡婦で豊田屋旅館の経営に当つており、製糸業の被控訴人は商用のため屡々高崎市に出向き同旅館に宿泊していたが昭和二、三年頃マチとの間にいわゆる妾関係を結び爾来マチとの関係を続けると共に同人の旅館営業を援助していたことが認められる。
(2) 前記被控訴人本人訊問の結果によれば、昭和十四年八月合名会社松葉商店の名義で金二千円をマチに貸したことが認められるが、被控訴人は右合名会社の代表社員であり、成立に争のない甲第十五、十六号証当審証人松葉二郎の証言及びこれにより成立を認め得る甲第十七号証の一乃至五、第十八号証の一、二等によれば、同会社と被控訴人個人とはもともと異名同体で、その経理面において必ずしも厳密に区別されておらなかつたことが推測し得られること及び前段認定のような被控訴人とマチとの特殊関係等からみて右の金二千円は被控訴人が合名会社の名義でマチに貸したものと認めるのが相当である。而して右の貸金二千円以外に前記公正証書記載の代金二千円が授受されたことを確認するに足る証拠はない。
(3) 原判決添付目録記載の物件はいずれも旅館の経営に欠くべからざる必要品であることは右の記載自体により推知し得られ、且当裁判所の成立を認める乙第六、七号証によれば、右物件は昭和十四年八月頃でもその時価一万円を超えるものであることが窺い得られる。従つてマチにおいてこれを僅かに金二千円の代金で単純に売渡すことは通常の場合殆んど考え得られない。
(4) 成立に争のない乙第一号証、甲第八、九号証、原審証人山口高音、前掲証人富沢和一、北原志げの各証言を綜合すれば園原マチは昭和三年頃訴外高崎信用組合から金五千円を借受けたがその後昭和十一年に更に同組合から金千円を借増したこと、その際マチは新旧の借金合計六千円につき同人所有の建物に抵当権を設定するとともに、借増しの金千円の債務担保のため原判決添付目録記載の物件を代金千円で売渡し、同組合はこれをマチに対し賃料一ケ月金六十円で期間昭和十六年七月末日と定めて賃貸する旨の公正証書(乙第一号証)を作成したこと、その後マチは被控訴人から資金の援助を得て昭和十四年八月九日組合に対して右債務を弁済したので、翌同月十日改めて右と同一物件につき前記のような公正証書(甲第三号証)を作成したことが認められる。そして右乙第一号証と甲第三号証とを比較すると前の公正証書と後の公正証書とは売買代金と賃貸借の期間を異にするほかはその記載内容が全く同じであることが認められる。
以上認定に係る諸般の事情からみて、園原マチは原判決添付目録記載の物件を被控訴人から借受けた金二千円の債務担保のために被控訴人に(形式上は合名会社松葉商店に)譲渡し、賃料名義でその利息を支払う趣旨で前記公正証書記載のような賃貸借を約したものであつて、賃借期限昭和十九年七月末日は右貸金の弁済期をも意味する趣旨と認めるべきである。従つて成立に争のない甲第五号証、原審における被控訴人本人の供述により成立を認め得る甲第六号証によつて認め得る合名会社松葉商店から被控訴人個人に対する前記公正証書による権利譲渡も結局形式上の権利者を実質上の権利者と一致させたものであつて、右金二千円の貸金債権者及びこれに附随する担保権利者は実質的には終始被控訴人であつたものと認めるのが至当である。原審における被控訴人本人訊問の結果中以上の認定に反する部分は措信できず、その他に右の認定を妨げるに足る証拠はない。債権担保の目的で物件の所有権が債権者に譲渡された場合においてもその債権が弁済その他により消滅しない限り担保物件の所有権は依然債権者に帰属し債務不履行の場合は担保物件処分のためこれが引渡を求め得るものと解すべきであるが、本件において右貸金債権が弁済又は供託その他により消滅したことの主張立証はない。控訴人は被控訴人のマチに対する金銭その他の給付はすべてマチが被控訴人の妾としてその身を許すことについての反対給付であつて不法原因給付にあたると主張するけれども、右の貸借が妾関係維持のためにその代償としてせられた事実を確認するに足る証拠はない。しかしながら本件の貸借乃至担保物件の譲渡については被控訴人とマチとの間の前認定のような特殊関係がその基調をなし、マチの経営に係る豊田屋旅館の営業を援ける趣旨でせられたものであること及びマチの死後控訴人において豊田屋旅館を引続き経営していることは前記証人富沢和一、北原志げの各証言及び被控訴人本人の供述によりこれを推知するに十分である。しかも右物件の種類数量等の点からみてもしこれを引上げられる時はたちまち旅館営業に支障を来すべきことは容易に推測し得られるところであつて、控訴人と雖も金銭で以て事を解決することをあえて否むものでないことは本件弁論の全趣旨に徴しこれを領するに難くない。然るに被控訴人は控訴人に対し前記被担保債権の履行を求めることなく、(被控訴人主張の催告は他の貸金請求に関するものであつて、前記金二千円の債権を含まないことはその主張自体により明らかである)、マチの死後本件係争物件が前記公正証書(甲三)の文言どおり単純な売買によつて被控訴人側の所有に帰したものであり、これを期間を定めてマチに賃貸したものであると主張してその返還を求めるものであることは本件訴旨に徴し明らかである。しかし本件物件の譲渡が単純な売買によるものでなく債権担保のためにする信託的な譲渡であることは前認定のとおりであるからして控訴人の債務不履行を理由に担保権実行のため係争物件の引渡を求めるのなら格別、いきなり上記のような主張の下に係争物件の引渡を求め、控訴人の営業に甚大な打撃を与えることは上来認定に係る諸般の事情からみて信義にもとるところであつて法律上許されないものと解するのが相当である(民法第一条)。されば被控訴人の前記第一の請求中本件物件の賃料名義で支払を約した一ケ年金六十円の割合による昭和十九年一月一日から同年七月末日迄の分(実質上は前記二千円の利息)の支払を求める部分は認容すべきであるが、その他は失当として棄却すべきである。
第二、建物の引渡及びその所有権移転登記手続請求について、
(一) 昭和十二年頃高崎市八島町六十八番地の一に木造瓦葺二階建住家一棟建坪十二坪八合、外二階十二坪の建物が建築せられ、これにつき昭和十四年九月八日園原マチの所有名義に保存登記を了したことは当事者間に争がない。そして前記証人富沢和一、北原志げの各証言及び被控訴人本人(原審第一回)の供述によれば被控訴人は右建物建築資金として金五、六千円を支出したことが認められるが、右の建築資金は被控訴人がマチに貸与したものであることは被控訴人本人の原審第一回の供述によりこれを認めるに足り、これに反する被控訴人本人の原審第二回供述は措信し得ない。
(二) 被控訴人は右建物は被控訴人の高崎市滞在中の居所として又将来の隠居所として建築したものであると主張するけれども、証人富沢和一の当審における証言によれば、右建物はマチが従前から所有する旅館用の建物に接続して客室にあてるために建築せられその営業に使用しているのであつて、独立して住居に使用し得るような構造ではなく、またその敷地の使用関係などについても特段の取決めのないことが認められるところからみても被控訴人の右の主張は採用し得ない。右建物の登記済証(甲第十四号証)が被控訴人の手裡に存するからといつてその建物の所有権が実質上被控訴人に属するものとは認め難く、何時でも被控訴人名義に所有権移転登記をするという約束でマチが右登記済証を被控訴人に渡した旨の被控訴人本人の原審第一回の供述はたやすく信用し得ない。
(三) 要するに係争建物が実質上被控訴人の所有に属することはこれを認めるに足る証拠がないから右第二の請求も失当として排斥すべきである。
第三、貸金請求について、
(一) 昭和十年十二月金二千七百円の口について、
成立に争ない甲第十一号証によれば、被控訴人は昭和十年十二月二十八日マチに対し金二千七百円を利息の定なく弁済期を昭和十二年四月三日と定めて貸与したことが認められる。しかし仮にこの口が後段認定の貸金三万円に含まれていないにしても右貸借は反証のない限りマチの旅館営業のためにせられた商行為に属するものと認めるべきであるから、特に中断事由がなければ弁済期後五年の期間経過により消滅時効が完成したものといわなければならない。被控訴人は利息の支払の都度債務承認により時効は中断されたと主張するが、後段認定のように別口金三万円の分については利息の支払があつたことを認め得るけれどもこの口の分につき利息の支払があつた事実を認めるに足る証拠はないから、右債権は時効により消滅したものと認めざるを得ない。
(二) 昭和十二、三年頃の金四千七百円の口について、
この口については原審における被控訴人本人の供述(第一回)だけではいまだ貸借の成立を認定するに十分でなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(三) 昭和十四年八月の金三万円の口について、
成立に争のない甲第八、九、十号証前出第十五、十六号証、第十七号証の一乃至五、第十八号証の一、二、前掲証人富沢和一(原審及び当審)、北原志げの各証言、被控訴人本人の供述(原審第一回)を綜合すれば、被控訴人は昭和十四年八月頃園原マチの高崎信用組合その他に対する借財整理のため金員を支出し、これとその当時までにマチに融通した金員とをまとめて金三万円の貸金とし弁済期の定なく利息を一ケ月金二百円と定めたこと、その後マチは昭和十八年七月二日頃までの間右の利息として毎月或は隔月又は数ケ月おきに一回に百円、二百円或は三百円位づつ被控訴人に支払つてきたことが認められる。右利息支払の都度時効は中断されたものと認めるのが相当であるから控訴人の時効の抗弁は理由がない。また右の貸借が被控訴人とマチとの妾関係維持のためにその代償としてせられたことを認めるに足る証拠もないからこの点に関する控訴人の抗弁も採用できない。
(四) 昭和十五年二月の金六千円の口について、
この口の貸借の成立は前記(二)と同じ理由により、これを認定することができない。
(五) 以上の次第であるから右第三の請求は(三)の金三万円及びこれに対する昭和十八年三月一日(同年二月末日までの利息の支払があつたことは被控訴人の自認するところで、その以後の分の利息が支払われたことの主張立証はない)から完済まで右約定利息の範囲内である年五分の割合による利息及び損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが他は失当として棄却すべきである。
よつて被控訴人の本訴請求は上記説明の限度において認容すべきであつて、これと異る原判決はこれを変更すべきである。本件控訴は一部理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条、第三百八十四条、第九十六条、第八十九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 村木達夫 猪狩真泰)